大抵の漢方医やツムラは表立ってそう主張することがないが、漢方医学の利点はよくある胃腸薬*1と同様、概ね安全性が確立した「安価な」プラセボ使用法の体系として臨床現場に根付いたという点にあると思う。事業仕分けの仕分け人に選ばれるような人達は、病人がプラセボを求めるという弱さを意識的、非意識的に無視したり、排除できる人達だからこそ選ばれているのかもしれない。だから、患者が困る(弱さへの共感)ではダメで、プラセボは安い(医療経済的メリット)という方向で主張すべきではないかと思う。

市場は漢方薬が保健適用外とされる可能性は低いと予想。 - ホツマツ○ヱ。

おおー。漢方薬ってプラセボに過ぎないんじゃないかってのは前々から思っていたことなんだが、臨床の現場にもそういう認識ってあるんだな。でもプラセボだってことが患者に知れ渡るとプラセボの効き目がなくなるので、表立ってそういうこと言えないと。なるほぞ。そういう話なら納得行く。

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確かに、いま時代の流れとして、家電全般がエコロジーを考えるようになっているのは間違いない。しかし食洗機に関しては、また別の理由があると思う。

 食洗機というものが「ぜいたく品」、「使う人を怠けさせる製品」と思われがちな商品だからだ。導入するにあたって気が引け、一種の罪悪感をのりこえなければいけないらしいのだ。

 気がつけば自分自身「私は食洗機は欲しくなかったんだけど、夫が」などとアリバイ的なことを言ってしまっているではないか。

 以前、洗わないで炊ける「無洗米」が出てきた時のことが思い出される。これもまた単に「洗わないでいいし、おいしいですよ」という売り方ではなかった。

 「無洗米は、とぎ水をセーブし、流し水を汚しません」とエコなアピールがされていたのだ。やはり、楽することに何らかの罪悪視があったのだと思われる。

 こういうことは今に始まったことではない。

 お米つながりだと、電気炊飯器が開発されたとき「お前は、自分のカカアが機械で飯を炊いて楽するのが平気なのか」という批判が出たという。有名な話だ。

 世の中には、「家庭の仕事が楽になる」ことに意味もなく嫌悪を抱く人というのが、いつでも一定の数だけいるようなのだ。

コラム:但見裕子の「家電買っちゃいました」ナショナル 食器洗い乾燥機「NP-BM1」

食洗機購入から、いろいろなことが見えてくる。面白い

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車内アナウンス「遅れの原因は大手町駅で乗車ドアにこだわりを持ったお客さまを待ったためでございます」ひでぇ、もっと言え。

アメリカのマスタリング業界でもここ数年間は、レベル戦争やニューフォーマットの話題をず~~っとやっている。
「音楽のダイナミクスが失われないよう、CDに入れるレベルを下げよう」
「大きく聞きたければ、聞くボリュームを上げてくれよ」
と言いつつも、クライアントの要望を断れない状況が続いている。

「いい音でとってもハッピーだと言って帰った翌日に電話があって「とっても良かったんだけど、もう3dBレベルを上げられないか?」って言うんだ。0.5dBとかじゃなくて、3dBだよ!!」
「「ロックに!もっとレベルだ、レベルを上げてくれ!」とか。もう十分でかいのに」
溜息と苦笑いまじりに言う言葉は、全員同じ意味である。

それに加え音楽のダウンロード化で音の品質が落ち、曲のバラ売りが可能になってしまった為、1枚のアルバムとして曲間を含めた雰囲気も楽しんでほしいと思っているアーティスト側の意向は全く無視され、今や音楽は“お手軽つまみ食い”状態に陥った。
ダウンロードだとジャンルも何もそっちのけでいろんな曲が並んでしまう。
CDやアナログ盤みたいに盤を入れ替える“時間”が存在しない状態で聴き比べてしまうと、ぱっと聴き判りやすいレベルの差が1番の問題点になってしまい、レベル戦争にまた拍車がかかるという悪循環。

CDが売れなくなって録音現場の激変ぶりもすさまじいものがある。
「もうすべてが変わってしまった」
みんなが口々に言う。

ミキサーは大体がMYスタジオを持ち、プロユースのスタジオや機材を使って録音からトラックダウンまで作業するのではなく、生ものなどのベーシックトラックはスタジオで録音しても、その他は自分のところで作業する。これによって少なくなった製作費を維持するという仕組みが普通になってきた。
アメリカはそれができる住宅事情なので、余計にそうなっている気がする。(ヘタするとドラムを録れる大きいところもあるし)

「だからモニター環境に問題が多い」
「次の世代にどうやって技術を伝えていくかも問題だ。録音の段階でどうやったらちゃんといい音を録音できるかとか」
「ファイナライザーを使うんじゃなくて、その前にコントロールする技術を教えるという問題がある」
マスタリングエンジニアの苦悩は切実で、録音現場の事情もよ~くわかっているので、リスナーに届けるクオリティとの間で常に板挟みである(汗)。
職人技の継承も気がかりなことで、スタジオが無くなれば新たなエンジニアが学ぶ現場が乏しくなってくる。
音楽業界の事情もあって再販ものが多くなったこの頃、アナログ録音全盛期に録音された貴重な音源を聴く機会が増えているマスタリングエンジニアがそう思ってしまうのは、日本もアメリカも変わらないらしい。(笑)


たぶんあの場にいた有名なミキサーやマスタリングエンジニアは、ほぼ全員“三度の飯より音楽が好き”な、音楽LOVEにあふれた人達ばかりで、アナログ時代から今日までの技術変化や音楽業界の流れをいやになる程体験してきている。それ故に現状での音のクオリティーや業界に対して「もうしょうがない」と思う反面「なんとかなる道はないのか」と模索する姿が、見ているこちら側の心をザワザワとさせる。

どんな世の中でも、音楽はなくてはならぬもの。
ちょっとくらい迷っても、よりよい道を探していきたい。

ゆかの間

オレンジの中の人

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